1建物のライフサイクルCO2評価の歴史
建物の新築、運用(居住、使用)、改修に関わるCO2排出量は、我が国の全CO2排出量の約40%を占めていることをご存知でしょうか。この点からも、建築分野が気候変動対策に果たすべき責任は重いのです。そのような背景から、1997年12月に気候変動枠組条約京都会議(COP3)に呼応して、気候温暖化に関わる日本建築学会声明「新築建物でLCCO2 30%削減、耐用年数3倍延伸を目指すべき」と公表しました。これくらい大胆な対策を1998年度からすべての建物で実行に移さない限りCOP3の国際公約(2008~2012年の第一約束期間において1990年比6%削減)が達成できず、2050年までの大幅削減にもつながらないというものでした1)。また、設計・施工実務に使える建物のライフサイクルCO2評価方法の学会指針化が必要ということで、1999年11月に、建物のLCA指針(案)と評価ツール(案)を出版し2)、2003年2月には正式な学会指針と評価ツールとなっています3)。
この学会指針をベースとして、国土交通省の施策として「グリーン庁舎計画指針及び解説(1999年)」、「グリーン診断・改修計画指針及び同解説(2000年)」が公表されました。その後、CASBEE評価結果表示を含む「グリーン庁舎基準及び同解説(2006年)」と「グリーン診断・改修計画基準及び同解説(2006年)」が公表され、環境配慮契約法(2007年公布・施行)によって国等の施設設計契約にCASBEE、LCCO2評価を含めることが義務付けられたのです。
カーボンニュートラル化の動き | |
2020年10月 | 「2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」菅首相所信表明演説 |
2020年11月 | 「気候非常事態宣言」決議案衆参両議院で可決 |
2021年1月 | 「日本建築学会気候非常事態宣言」発表 |
2021年3月 | 「日本建築学会SDGs宣言」発表 |
2021年3月 | 「住生活基本計画(全国計画)」閣議決定 |
2021年4月 | 「建築物省エネ法」建築士による省エネ基準適合の説明義務施行 「脱炭素社会に向けた住宅・建築物の省エネ対策等のあり方検討会」スタート(国土交通省・経済産業省・環境省合同会議) |
2021年5月 | 「地球温暖化対策推進法」改正 2030年のGHG26%→46%削減に |
2021年7月 | グリーン社会の実現に向けた 国土交通グリーンチャレンジ公表 |
2021年7月 | CASBEE—戸建/建築/不動産 2021年SDGs対応版公表 |
2戸建住宅用LCCM住宅評価ツールの開発
「LCCO2」とは、「Life Cycle CO2」の略で、建築物などの建設に伴って発生する二酸化炭素(CO2)の排出量を削減するために、建物寿命1年あたりのCO2排出量を算出して評価する手法を指します。建築物のLCCO2を評価する作業は、膨大な時間と手間が掛かることが大きな課題でした。そこで、国土交通省の補助事業として一般社団法人日本サステナブル建築協会内に、LCCM住宅研究開発委員会が2009年度に設置され、その傘下のLCCO2部会(部会長:伊香賀俊治)において、LCCM住宅評価ツールを開発しました。LCCM(Life Cycle Carbon Minus)住宅とは、超寿命かつ一層のCO2削減を目標とし、住宅の建設時、運用(居住)時、廃棄までの一生涯でCO2の収支をマイナスにする住宅のことです。日本建築学会「建物のLCA評価ツール(戸建住宅版)」をベースに、木材調達を含む建築資材選択、再生可能エネルギー評価を、より使いやすく開発しました。LCCM住宅評価ツール(詳細版)の入力項目としては「建物条件」、「資材、設備投入量」、「省エネ行動実践度」の3つに大別され、出力項目としては、建設・運用・改修・廃棄段階におけるCO2排出量を時系列で表示できるようにしています4)。産業連関表では区別されていない木材LCAデータベースを国内外の現地調査、統計資料調査と産業連関分析を組み合わせて開発しました5)。このLCCM住宅評価ツールは、一般財団法人 建築環境・省エネルギー機構のホームページから、誰でもアクセスすることが可能です。
すでに、いくつかの地方公共団体は先駆的に建物の脱炭素化に取り組んでおり、青森県が「環境調和建築設計指針(2003年)」を、東京都が「都有施設環境配慮整備指針(2005年)」を、福島県が「環境共生建築計画・設計指針(2006年)」を策定し、公共施設企画・設計段階におけるLCCO2評価を導入しています。高知県檜原町では、総合庁舎の建替にあたって、地場木材活用、大規模太陽光発電、太陽熱・地中熱利用、各種省エネ対策を盛り込んだ基本構想を策定し、LCCO2を60%削減、CASBEEで最高の5つ星(Sランク)の認証を取得しています。
3新たな建築物評価とLCCM住宅普及に向けて
2021年3月に閣議決定された「住生活基本計画(全国計画)」には、既存住宅の良好な温熱環境の確保、単なる省エネ・再エネ採用に留まらないLCCM(Life Cycle Carbon Minus)住宅の推進なども盛り込まれました。成果指標として、住宅ストックエネルギー消費量の削減率(平成25年度比)を、3%(平成30年)から18%(令和12年)へと引き上げています。さらに本年4月から2年間の準備期間を経て施行された建築士による建築主への省エネ基準適合に関する説明義務制度についても適合義務化に向けての議論が進んでおり、住宅の高断熱化・省エネ化のための初期投資を光熱費の削減便益だけではなく、疾病予防、介護予防の便益からの説明ができることが求められています。
2021年度より国土交通省の補助事業として一般社団法人日本サステナブル建築協会内に、新たにLCCM住宅・建築物住宅研究開発委員会(委員長:村上周三IBEC理事長)が設置され、その傘下のLCCM理論深化・将来推計部会(部会長:伊香賀俊治)において、新たなLCCM住宅・建築物評価ツールの開発に着手したところです。今回は、筆者が1990年から担当してきた建物のLCCO2評価の歴史と、LCCM住宅・建築物住宅研究開発委員会LCCM理論深化・将来推計部会における検討の方向性を概説しましたが、次号では、LCCM住宅における健康寿命延伸につなげるための対策についてお話したいと思います。
伊香賀 俊治(慶應義塾大学理工学部教授)
取材・文=梶原博子
監修=リビングデザインセンターOZONE
引用・参考文献
1) 伊香賀俊治、村上周三、加藤信介、白石靖幸:我が国の建築関連CO2排出量の2050年までの予測、日本建築学会計画系論文集No.535、(2000), pp.53-58
2) 日本建築学会編:建物のLCA指針(案) 地球温暖化防止のためのLCCO2を中心として,日本建築学会,丸善(1999)
3) 日本建築学会編:建物のLCA指針,環境適合設計・環境ラベリング・環境会計への応用に向けて,日本建築学会,丸善(2003)
4) LCCM住宅研究開発委員会編:LCCM住宅の設計手法—デモンストレーション棟を事例として、建築技術(2012)
5) 南部佑輔、伊香賀俊治、本藤祐樹、小林謙介、恒次祐子: 建築用木材のLCAデータベースの構築, 日本建築学会技術報告集Vol.18 ,No.38, pp.269-274(2012)