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住宅&住宅設備トレンドウォッチ

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制度・マーケット情報 新時代令和へ、平成の住宅業界を振り返る

INDEX 2019.4.19

間もなく平成という時代が幕を下ろします。5月1日の「令和」への改元を前に、平成の締めくくりとして、住宅業界のこの30年間を振り返ってみたいと思います。
平成という30年間の住宅業界は、経済的なショック、消費税の導入と増税、自然災害という様々な要因で揺れ動きました。経済変動では不動産バブルから始まり、その後すぐ平成3年の崩壊を迎え、平成20年のリーマンショックも大きな影響を与えました。
消費税も導入から5%増税、8%増税と2回上げられ、その都度市場はダメージを受けました。そして平成は多くの自然災害が起きた時代でもあります。阪神大震災と東日本大震災を始め、台風、豪雨といった水害も多発しました。
平成の住宅業界は、着工戸数自体は右肩下がりでしたが、進化を続けて令和時代に活かすべき教訓も多かった時代と言えます。紙面の限りがあるため、ポイントのみで平成を振り返ります。

1住宅着工の推移~160万戸から70万戸台まで、増税・法改正と経済危機による変動

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平成の歴史は、バブルと消費税導入によって幕を開けました。平成元年(1989年)は世の中バブル真っ只中という好景気で、4月には消費税3%が導入され、その年の年末に日経平均株価は過去最高を記録します。年間住宅着工は167.3万戸。平成30年間で最も着工が多かったのが、平成元年です。
その後バブル崩壊で、平成3年度(91年度)には134万戸まで落ち込みますが、その後の5年間は、阪神大震災の復興需要や、平成9年の消費税5%への増税へ向けての駆け込み需要発生などで、着工は上向きました。平成8年度(96年度)の着工は163万戸まで上昇し、持家着工は63.6万戸と平成でのピークを迎えます。
5%増税後の平成9年度は、18%減の134万戸まで一気に落ち込み、その後の住宅着工は転機のある度に戸数を減らしながら、右肩下がりに縮小して来ました。平成30年の間の住宅着工戸数は、最多の160万戸台から70万戸台まで、2倍以上の振れ幅で大きく動いたことになります。

着工に影響を与える転機は、増税や経済的ショック、法改正に自然災害です。初めは消費税の導入とバブル崩壊、その後5%への増税、次の転機となるのは、平成17~18年に起きた耐震偽装のヒューザー・姉歯事件からの建築基準法の厳格化、続く平成20年のリーマンショック、そして平成25年の消費税8%への増税です。
平成元年から8年までの間は、「バブル絶頂→崩壊から増税前」といった期間で、平均着工戸数は153.6万戸。平成9年から18年の10年間は「5%消費増税後から基準法改正前」の期間で、平均着工は121.8万戸。その後2年間は基準厳格化で中高層の着工が劇的なダメージを受けて100万戸強、そして追い打ちを掛けるようにリーマンショックが起き、「リーマン危機後の2年間」である平成19~20年度は、77.5万戸、81.9万戸という平成の中で最も着工が落ち込んだ2年間となりました。
平成23年の東日本大震災を経験し、住宅業界の意識は防災に向い、8%の増税を超えて以降の平成30年度までの平均は92.3万戸。100万戸を超えることはありませんが、何とか持ちこたえているといった状況です。そして令和元年10月、消費税が10%に引き上げられ、支援策の終了後には、再び住宅市場は大きな試練を迎えることが予測されます。

2業界勢力図変化、大手ハウスメーカーからビルダーの時代へ

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業態別にみると、平成前期は右肩上がりで来た住宅メーカーの時代が訪れ、後半から徐々にビルダーが台頭してきました。
平成の初めから、一貫して住宅会社のトップを走り続けてきたのが、積水ハウスです。そしてミサワホーム、積水化学、大和ハウス、パナソニック ホームズ(当時のナショナル住宅産業)なども、平成初めは棟数をぐんぐん伸ばした時代です。バブル崩壊後もしっかりと伸びを示して、平成7~11年度の5年間、持家プレハブ比率は20%を超えました。阪神大震災の復興需要、続く消費増税への駆け込み需要もあって、持家着工が63.6万戸あった平成8年度(96年度)には、大手ハウスメーカーの販売棟数もピークを迎えます。
この年の大手8社の合計販売棟数は15万5200棟。棟数では前年比7.5%の伸びを示しました。絶対王者の積水ハウスは38,200棟規模という圧倒的な存在感で、以下は積水化学28,200棟、大和ハウス22,600棟、ミサワホーム21,900棟、ナショナル住宅産業15,000棟、住友林業11,300棟と、ここまでが1万棟を超えるハウスメーカーでした。
翌平成9年度の反動減は大きく、持家着工も29%減少して45.1万戸なります。大手ハウスメーカー各社も増税を境に、棟数は下降線を辿っていきました。持家着工も増税後の4年間は40万戸台を推移しましたが、平成13年度(2001年度)には40万戸割れとなり、以降平成20年度まで30万戸台を推移し、40万戸を超えることはありませんでした。旧世代である殖産住宅、太平住宅などの月販3社、ニッセキハウスなどは次々と倒産していきました。
そしてリーマンショックのあった平成20年(2008年)には、日本の人口は1億2,808万人でピークを打ち、持家着工が平成に入って初めて30万戸を割ります。ただ翌22年度には持家着工は再び30万戸台を回復し、次の8%増税前まで増え続けて35.3万戸まで回復しました。ここまでは持家30万戸時代です。そして平成26年度の8%増税以降、持家20万戸台という時代に突入します。

平成はデフレが続いた時代でもあり、平成後期は、ビルダーが台頭してきます。注文系ではアキュラホーム、タマホームの登場、分譲系では飯田グループ各社がバブルの痛手を克服して、本格成長を始めます。アキュラホームはコストの削減により適正価格の住宅を世に送り出しました。そして平成11年(99年)、九州の福岡県で誕生したのがタマホームです。瞬く間に九州全域にエリアを広げ、リーマンショックのあった平成20年度に初めて年間1万棟を突破。拠点数も拡大を続けて全国展開を達成します。デフレ期の申し子として、大手の棟数が縮小する中、躍進を続けました。タマホーム以降も、ローコストビルダーが数多く登場し、成長するビルダー、姿を消すビルダーも多数出ました。
分譲系では飯田グループの存在が、市場を一変させたと言えるでしょう。6社それぞれが首都圏からエリアを拡大しながら成長し、そして平成25年11月、飯田グループ6社が経営統合を果たして、4万棟、売上高1兆円の巨大企業が誕生することになります。それ以外にも各地の分譲系ビルダーの活躍もあって、平成終盤の着工では建売住宅のみが堅調に伸ばしていきました。消費者の購買力の低下、価値観の変化ということもあって、平成後期はハウスメーカーからビルダー優位の市場に変化していったと言えます。

3自然災害と住宅市場

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平成の30年間には自然災害も多発しました。平成7年の阪神大震災、平成23年の東日本大震災を始め、新潟、熊本、北海道、大阪でも大きな地震がありましたし、昨年平成30年は台風、水害、酷暑といった自然災害が立て続けに襲って、住宅業界に多大な影響を与えたことも記憶に新しいところです。
住宅業界としてその都度、耐震性や防災力という点を考えさせられることになりました。そしてパリ協定以降は環境問題にも注目が集まり、ZEHの普及や再生エネ活用も積極的に推進されています。省エネ住宅の義務化は、令和時代に先送りとなりましたが、異常気象による災害が多発する今の時代、温室効果ガスの排出を抑え、高い断熱性能を持った住宅は、これからますます力を入れていかなければならないでしょう。環境問題から空き家問題まで、令和時代への課題は山積しています。AIやIoTの時代ともなり、「平成」と「令和」の住宅市場は、まるで違う業界構造になっていくと思われます。

(テキスト/株式会社住宅産業研究所 関 博計さん)