和のしつらえ
新築住宅の約6割が木造でつくられているこの日本で暮らしていながら、私たちは普段、木の空間に居ることを実感しているでしょうか。多くの日本人にとって、RC造のマンションの部屋も木造住宅も、アルミサッシの開口部とビニールクロスの壁天井で囲まれた空間に居る限り、ほとんど違いを意識することはないでしょう。
私は、木の家に暮らすこと、しかも「和のしつらえ」を実感できる空間に暮らすことは、このアジアの東端の島国で、自然と調和しながら暮らすことの恩恵を与かるための、一つの有効な方法だと考えています。
「和のしつらえ」とは何でしょうか。和風を感じさせてくれるアイテム、例えば畳や障子でインテリアを飾ることでしょうか。 それとも、京都の慈照寺(銀閣寺)の東求堂に起源があるといわれている床の間や長押のある空間、それを書院造といいますが、そのことでしょうか。それらも一つの答えだとは思いますが、本コラムでは「真壁」で住空間をつくることに注目して、そこから「和のしつらえ」の現代的な可能性についてお話します。
真壁と大壁の違い
真壁と大壁の違いは、簡単に言うと「柱を見せるか見せないか」です。伝統的な和室では、床の間があって、床柱や落とし掛けがあって、人の頭の上あたりにある長押が部屋をぐるりと取り巻いています。それがいわゆる和室のスタイルなので、柱と柱の間には障子や襖といった建具を建て込むか、聚楽や漆喰など左官仕上げで壁を作ります。だから垂直の要素として柱が見えています。
それに対して大壁は、柱面の上にボードや板をはって壁を作るので柱が見えません。窓やドアは2、3センチ幅の木枠を回してプレーンな壁に穴が開いたように見えます。一般的にいって、大壁でつくると洋風やモダンに見えて、真壁でつくると和風に見えると言われています。私たち多くの日本人の感性は、真壁の空間に入ったときに和風を感じるように習慣化されているのでしょう。
真壁のメリット
真壁のメリットは、まず第一に耐久性の向上にあります。私は京都を拠点に仕事をしているので京町家のリノベーションをすることも多く、築100年近い木造建築の改修も手掛けます。そこでの経験から確信するのは、木構造をダメにする最大の要因は湿気だということです。
湿気で湿った状態が恒常的に続くと、木は腐ってしまいます。腐朽菌の活動が活発になって木の組織が脆くなるのです。また雨漏りなどで濡れた状態がつづくとシロアリの食害にあいます。仕上げ材を撤去して古い柱や梁、土台を観察すると、雨漏りや浴室周りの湿ったところばかりを食べ、乾いたところはほとんど食べないことが分かります。この差は歴然としていて、シロアリは建物すべてを食い尽くすということはしません。乾いたところは食べたくないのか、どこかほかの建物に移っていく。それがシロアリの生態なのです。
真壁づくりの場合、雨水が侵入してもすぐに乾きます。そしてどこが雨漏りしているのかすぐにわかります。だから対処もすぐできるのです。ちょっと雨漏りしてもすぐ直して、乾かせばよい。単純なことですが、木造建物の耐久性を高めるには真壁はたいへん有効なのです。
真壁のデメリットとその対応方法
真壁のデメリットとしては施工性の問題から、手間がかかりコスト高になる傾向が挙げられます。
真壁は柱面に直接人が触れるので、材の表面を削って仕上げる必要があります。しかし、必ずしも超仕上げのような、つるりとした表面に仕上げなければならないことはないでしょう。リノベーションなどで荒仕上げの柱が露出する場合、少々ペーパー掛けをする程度のラフな仕上げでも、それが建て主に好まれるのはよくあることです。建て主の嗜好を是非見極めましょう。
真壁で耐力壁をつくろうとすると、柱幅より間柱の幅を狭くして壁を薄くする必要がありますが、その狭い壁下地の幅の中でアンカーボルトや筋交いを納めなければなりません。その場合、金物の種類を吟味したり、筋交いを止めて構造用合板で耐力を確保したりすれば十分可能です。
床との取り合いや電気配線の通し方にも工夫や丁寧な施工が必要です。その分、逃げの少ないことを意識して丁寧な手仕事をすることで、大壁にはない施工精度の良い仕事を実現できるでしょう。
防火の面ではどうでしょうか。室内での火災については燃え代設計という手法があり、柱の表面が火災時に炭化して、その残った芯の部分だけも建物が倒壊しないだけの必要な強度を持たせるという考え方で構造計算をします。この方法によって、木造三階建で要求される45分準耐火構造を真壁でつくることも可能となります。
隣家からの延焼防止の面では外壁面を真壁にするのは難しいですが、室内側を真壁にすることは可能です。都市部の多くの敷地で木造住宅を建てる場合、建築基準法でいう防火構造を確保する必要がでてきます。その場合は外部側モルタル厚20ミリ以上、室内側石膏ボード9ミリ以上の組み合わせで告示1359号の仕様規定を満たす方法や、防火構造の認定番号を取得している材料と仕様を採用することで対応できます。
和のしつらえの空間で暮らせる豊かさを
真壁造りにかぎらず、和のしつらえの空間は、木や紙や土といった自然素材によって空間がつくられます。そこには鉄やコンクリートやガラスにはない暖かさ、柔らかさ、親しみやすさがあります。
大量生産・消費社会が生み出す、資源の枯渇や気候温暖化、グローバルな格差社会がもたらす矛盾や限界を思う時、自分が暮らす空間が、どこかで地球環境の悪化や、どこかの国の誰かの犠牲や苦しみに関与しているかもしれない気持ち悪さ。そんなことが無視できない時代に生きている私たちにとって、和のしつらえを通じて現代の住環境を見直すことは、単なる趣味の問題ではなく、もうすこし切実な意味を持ち始めているのではないでしょうか。
テキスト=安井 正(クラフトサイエンス一級建築士事務所)
監修=リビングデザインセンターOZONE