1冬季最低室温18℃以上を満たさない日本の住宅事情
世界保健機関(WHO)は、は2018年11月に、持続可能な開発目標SDGsのGoal 3(健康と福祉)とGoal 11(まちづくり)の達成に資するWHO Housing and Health Guidelines1)を公表し、住まいの冬季最低室温18℃以上を保つこと、住まいの新築・改修時の断熱工事、夏季室内熱中症対策、住宅の安全対策、機能障害者対策などを各国に勧告しました。しかしながら、亜熱帯の沖縄県を除くわが国2,190世帯の居間、寝室、脱衣所(≒廊下等非居室)の冬季室温測定値を分析したところ、WHO勧告18℃を、在宅中の居間平均室温で満たさない住まいが6割、居間の最低室温、寝室の就寝中平均室温、脱衣所の在宅中平均室温で満たさない住まいが9割を占めていることが分かりました2)。ちなみに全国約5,000万戸のうち現行省エネ基準に適合していない住まいの割合9割(国土交通省2018年度推計)とも対応しています。また、都道府県別の在宅中居間平均室温で最大で6.7℃の差(北海道19.8℃、香川13.1℃)があり、寒冷地ではなく温暖地で室温が低く、省エネ基準適合住宅が普及していない温暖地の課題が明らかになりました。さらに世帯所得600万円以上に比べて200万円未満の住まいの室温が18℃未満となるオッズは2.1倍であり、健康格差につながる経済格差が室温格差にも現れているのです2)。日本の寒すぎる多くの住まいを冬はいつでもどこでも18℃以上に保たれるような住まいのストックの改善が求められています。
2高血圧を緩和する住まいの断熱改修
冬の寒さによる健康リスクで主な死亡要因として挙げられるのが、血圧上昇による脳卒中です。起床時の室温と起床時最高血圧との関係は男性の場合、起床時室温が10℃の家に比べて、20℃の家では、30歳で3.8mm、80歳で10.2mm血圧が低く抑えられ、女性の場合には30歳で5.3mm、80歳で11.6mm低く抑えられることが分かっています。また、血圧が最も低くなる室温は、男性では30歳が20℃、80歳が25℃、一方、女性では30歳が22℃、70歳が25℃です。そして、高齢者ほど、また女性ほど住まいを暖かくすることをWHOは勧告しています。筆者が調査をしたある戸建住宅は、国から工事補助金を受けて断熱改修したことにより、起床時最高血圧が平均で3.1mmHg低下しました。高血圧患者は断熱改修による血圧低下量が更に大きく、7.7mmHg低下でした3)。これは、「健康日本21(第二次)」が掲げる生活習慣の改善による平均4mmHg低下の数値目標に匹敵するもので、住まいの断熱改修の重要性を示唆しています。また、断熱改修後に就寝前居間室温が上昇した住まいでは、過活動膀胱患者が半減する短期的な効果も確認しています。つまり、断熱改修した暖かい住宅は、睡眠の質を高めることから、夜間に目が覚めてトイレに行く頻度が軽減され、途中での転倒・骨折したり、循環器系疾患を発症するリスクを減らす効果が見込めます。
3要介護認定年齢が3年遅い2℃暖かな住まい
最後に、暖かい住まいと介護との関係について、要介護認定高齢者と介護施設に協力していただき、要介護認定履歴、生活習慣、住まいの状況(一部で温湿度連続測定)を調査・分析(有効回答205人)して得られた知見についてお話したいと思います。要介護認定平均年齢は、寒い住まい(居間平均室温14.7℃)では77.8歳に対して、暖かな住まい(冬季の居間平均室温17.0℃)では80.7歳でした。すなわち、冬季に室温を約2℃暖かく住むことによって要介護認定年齢を約3年遅くし得ることを示しています。さらに、暖かい住まいの在宅要介護高齢者の1年後の悪化リスクは、寒い住まいに比べて2.8分の1であることが分かりました4)。
大阪府・京都府・奈良県・兵庫県に所在し、介護サービスが類似する同一法人の有料老人ホーム20施設・988名(有効サンプル14施設・524名)を対象として、冬季の温湿度測定、質問紙調査、介護記録調査を行い、日本建築学会編の「高齢者に配慮した熱環境基準値5)に基づいて冬季の室温と湿度で群分けし、分析した結果、下記が分かりました6)。
- 1) 温暖施設(居間・食堂 23±2℃、個室 20±2℃)に比べて、それを満たさない寒冷施設では、入居後の要介護度重度化リスクは有意に1.5倍大きい。
- 2) 湿潤施設(居間・食堂・個室ともに 30〜50%)に比べて、それを満たさない過乾燥施設では、入居後の要介護度重度化リスクは有意に2.0倍大きい。なお、相対湿度は年間を通して40〜60%に保つことが推奨されているが、調査対象施設の多くが冬季の加湿不足のために40%を下回っていたため、本研究では30%を閾値とした。
- 3) 室温が低いこと以上に、湿度が低いことが入居後の要介護重度化への影響が有意に大きい。
高齢者介護施設の高断熱性能化・省エネルギー性能向上は、冬季の室温・湿度を適性範囲に保ち、入所者の要介護度重症化リスクを低減にも資するとともに、脱炭素化にも貢献し得るのです。
暖かな住まいと健康に関する最新の研究成果を紹介しました。わが国の住まいの断熱改修を推進し、健康寿命の延伸につなげるための対策の一助になれば幸いです。
伊香賀 俊治(慶應義塾大学理工学部教授)
取材・文=梶原博子
監修=リビングデザインセンターOZONE
引用・参考文献
1) WHO Housing and health guidelines, 2018,
https://www.who.int/publications/i/item/9789241550376
2) Umishio W., et al.: Cross-Sectional Analysis of the Relationship Between Home Blood Pressure and Indoor Temperature in Winter, A Nationwide Smart Wellness Housing Survey in Japan. Hypertension 74(4): 756-766, 2019
3) 伊藤真紀, 他:成人における冬季の住宅内の暖房使用と座位行動および身体活動:スマートウェルネス住宅調査による横断研究. 運動疫学研究23(1): 45-56, 2021
4) 中島侑江, 他:地域在住高齢者の要介護認定年齢と冬季住宅内温熱環境の多変量解析.日本建築学会環境系論文集 84(763): 795-803, 2019
5) 日本建築学会編:高齢者のための建築環境, 彰国社, p.58, 1994.
6) 林侑江, 伊香賀俊治, 安藤真太朗, 星旦二, 有料老人ホームの冬季室内温熱環境が入居者の要介護度の重度化に及ぼす影響, 介護施設の室内温熱環境と入居者の要介護状態に関する実態調査. 日本建築学会環境系論文集, 83(745), p.225-233, 2018.